パーマー・エルドリッチの三つの聖痕
訳者にLSD小説とも評されているコレ。読み終わった。
バッドトリップ感が味わえるとか描写がリアルだとか、そんな感想をネットで結構目にしていて、「そんなにみんなお薬経験あんの…?こわ…笑」と思って読み始めたけど、実際読んでみたらそこまでの非日常さは感じなかった。
むしろ慣れているもの…身近、という意味でのリアルさがあった。
この感覚、毎日見るぞ、知ってるぞ。
夢だ。
わたしは毎日夢の内容を保持したまま起きてしまうタイプなので、寝起きは大体思考が混濁しているし、最悪の場合は夢の中で翌日の用事を済ませていたりする。人知れずタイムリープ感、当事者になると本当に厄介。
また五感もほぼ不足なくあるので夢の中でメロンパンを食べたら普通にメロンパンの食感と味がする。美味しい。
しかし逆パターンもままあるので、倫理コードを突き抜けた宜しくない夢を見てしまうと、起きぬけ超不快&疲労マックスのバッドトリップ起床。
こんな時でも社畜は会社を休めないのでとてもつらい。完全に朝のバーニイ・メイヤスン。ついでにプレコグに目覚めないかな。何でもいいから能力が欲しい。
でもレオみたいなフーセン頭にはなりたくないしE療法は遠慮します…と言ってもエミリーみたいに進化に適応できなくて退化しそう。まぁわたしは通常時から浅慮だけど。
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自分のこういう部分に関しては幼少期から感受性が豊かとか言われていた覚えはあるけど、夢しかりただ単に感覚誤認を起こしやすいだけだと思っている。
オカルト体験もないし、心霊やスピリチュアルなものにエンターテイメント性や興味を感じこそすれ、根本は懐疑的に捉えがちなので。科学万歳。
家のトイレの鍵が怖くて10歳まで閉められなかったわたしよ、気にするな。それはシミュラクラ現象で人の原始的な機能だ。
結局、わたしは単純に妄想が激しいだけの凡人である。これはわたしがオタクだからなのか、オタクになってしまったからなのか。
なんだか勢いづいたまま自分の事をつらつら書いてしまったけれど、精神性に左右されるのは夢での体験も薬物体験でも同じもの。
ともすれば、読んでいて特に違和感を感じる訳もなく。キャンDも、パーキー・パットのミニチュアも、チューZも必要なく架空の世界を揺蕩ったまま楽しく読み終わってしまった。
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こんな風に端末ひとつで色々な世界に没入できる時代。
現代人だから当たり前に生きているけれど、わたしたちは半世紀前から見ればスマホやらシステムやらで既にSF世界に足を踏み入れているんだよね。
わたしの部屋を例にとっても、朝はAIスピーカーに起床を促され、部屋はロボット掃除機が掃除してくれる。愛猫のキャットフードはサーバーが決まった時間に決まった量で出してくれるし、熱帯魚の水槽とトカゲのケージはライトが日中と同じ時間点灯して消える。
そして労働は第三次産業が大半を占め(内訳の議論の余地はあるけれど)、物質的な生産性や充足感を感じられる仕事は減っている。
そんな生活を既に送っている。
ここは火星でも、荒廃した地球でもないのに。
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では現代人の薬、"現実逃避"にあたる部分は何だろう。体を維持するのに食物が必要なように、心を健康に維持するために必要な共通のもの。
それはオンラインでのコミュニティの帰属意識や承認欲求ではないだろうか、と思う。
マズローの欲求五段階説で言う、安全の次の欲求。
現行の日本の社会制度ではとりあえず労働していれば体が容易く死を迎えることない。過労や精神的苦痛で死ぬイレギュラーはあるけれど。
しかし現実の状況に関わらず、SNSのセルフプロデュースやゲームのキャラクリエイションで、理想の自分、憧れの人、可愛い動物、"なりたかった何か"にアバターを作り近づくことができる。
複数人運営のなりきりbotなんかはパーキー・パット人形と何が違うのだろう。
ただの個人でも何かを投稿すれば、いいね、ファボ、リツイートのレスポンスがすぐかえってくる、そして拡散し増えていく。
自分が許容され賛同が拡散される。
自尊心が満たされる感覚は麻薬だ。
しかも速効性がある。
今、電車の中、喫茶店、自分の部屋、どこでも皆がそれぞれスマートフォンを持ち凝視している。
何を見ているんだろう。
画面の文字、動画の向こう。
なりたいものになれましたか?なれていますか?
人生に後悔はありませんか?やりなおしたくないですか?
"神は永遠を約束するだけ。わたしたちはそれをお渡しできます。"
大丈夫、わたしにはパーマー・エルドリッチの姿は見えないし声も聞こえない。
まだ見たことも、聞いたことも、ない。
地球にも、まだ。救うべき美しいものがある。
今でこそ、あれやこれやとツイッターやインスタにスクショを貼り付けては
「あれが好きこれも好き!あれもそれも可愛いし格好いい!」
…などと物欲に塗れ煩悩に死す、暁の水平線に勝利と共に赤字も刻んでいるわたしですが、何事にも人生初はありました。
…まぁこの前"初めて自分のお金で手に入れたブランド品は何だったのか"という話題がみんなの黒歴史暴露大会の様相を呈し、酒の肴として結構盛り上がったってだけなんですけど。
懐かしのブランドや流行りを振り返れて楽しかった。
でもみんなもれなく黒歴史だけどね!w
さて、当のわたしは
"ジャン・ポール・ゴルチエのニューローズの二つ折り財布"
が自分で買った初のブランド品です。
もちろん廃盤なので楽天の中古の画像。
調べたら若干プレ値ついてるっぽくて笑う。
元値もうちょっと安かったはず。
ちなみに当時の事は今でもばっちり覚えてます。
お年玉(一万円札)を握りしめ、バスで片道30分かけて地元のそごうに買いに行きました。一人で。
塾の合間にそごうで物色して目星をつけていたお財布だったので、買うときはそりゃもう緊張しましたし、
「明らかな子供が一万円札なんて出して怪しまれたりしないかなぁ」
なんて可愛らしい心配をしていました。
※昔のわたしは思慮深くていじらしかった。
しかし、何故わたしはもっと12歳女子らしい可愛い財布を買わなかったのか。
背伸びするにも普通もっと通過点あるじゃん?Pinky&Dianneとか、ツモリチサトとか。
これから中学校にあがろうという女子がなんでゴルチエなの。
中二病にかかるの早すぎでしょ、ゴルチエなんてどこで覚えたんだ、とセルフ突っ込みをかましまくったのですが、よくよく思い出してみたら発端はわたしの大好きな映画でした。
フィフス・エレメント!!だ!!
好きな映画と聞かれるといつでも一番に答えるのはフィフス・エレメントです。
めちゃくちゃ好き…。
色々話すとミラだの愛だのなんだのとウザ長くなるので割愛します。
…で、なんでゴルチエかと言うと。
フィフス・エレメントの衣装デザインが、ジャン・ポール・ゴルチエ。
ここで幼いわたしはゴルチエの名前を覚えた訳ですね。
そして後にゴルチエのお財布を買ったと。
言うて普通映画の衣装デザインなんて調べないし覚えないよ!…と思われるかもしれない…。
当時はインターネットなんて我が田舎にはろくに普及もしてませんでしたし。
そこはファッションが好きなうちの母親のファインプレーです。
よそのお家の事はわからないけど、うちはうち、よそはよそ。
そんなこんなでフィフス・エレメントにド嵌まりし、
「フィフス・エレメントに出てくるみたいなキュートでセクシーなお洋服が着たい!」
などとキャッキャしていた夢多き幼少のわたしは母親に
「あのね!あなたゴルチエなんて着られるわけないでしょ!」(今思えば色々な意味で。)
…と窘められ、
「ゴルチエって何?」
…と"あの服はジャン・ポール・ゴルチエという人が作ったもの"だと知る事になったのでした。
※ここから参考画像
うーん、今みても可愛い。
リールーももちろんだけど、わたしはスチュワーデスのお姉さんになりたかった。
あとゲイリーオールドマンの衣装も好き。
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そのため、後々に地元のそごうのお財布売り場でゴルチエを見つけた時はめちゃくちゃ感動しました。
自分が選ばれしわかり手になったと思った。
完全に拗らせオタクの"俺はわかってる"思考パターン。
※昔からちょろくておつむが弱いのがわたしです。
なお、お財布は買ってすぐ両親にバレて(当たり前)、かなり怒られました。
そりゃ自分のお年玉からとはいえ小学生が勝手に一万円持ち出して買い物したら怒るよね。
ごめんなさい。